日本にとって、共通の価値観を共有ができない国々の事を、初心者でもわかるように伝えるのが目標です。上級者には物足りないと思いますが、よろしくお付き合いください。 きゅうじとは【救治】【急事】【灸治】 【旧辞】【旧時】【旧事】から名付けました。

★「朝鮮通信使」広めようとウソ記事書くも墓穴 by朝鮮総連

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朝鮮総連在日本朝鮮人総聯合会)機関誌の朝鮮新報は、16日、朝鮮通信使の意義と現代」とのタイトルで、韓国・朝鮮が捏造する朝鮮通信使について私見を掲載し

朝鮮通信使は今や韓国・朝鮮の“日本への擦り寄りツール”および“歴史捏造ツール”日本と朝鮮には古くから国交があったなどと吹聴し、朝鮮成立の時期を見誤らせようと必死だ。

朝鮮総連朝鮮通信使について、

朝鮮通信使が日本の社会、とりわけ学校教育や歴史研究の場で取り上げられ、知られるようになったのはそれほど古いことではない。例えば「広辞苑」の1965年版をみても豊臣秀吉の「朝鮮征伐」の項はあっても「朝鮮通信使」の項はない。戦後、1950年に発刊され、社会科の教科書として採用された「くにのあゆみ」にも登場していない。
ある研究者によれば高校の教科書にはじめて取り上げられたのは72年であったという。

 

などと記事を掲載、本来であれば朝鮮通信使の存在が日本によって消されたと反日思想を植え付けるための内容であろうが、かえって朝鮮通信使が最近になって言われ始めたものであることを指摘してしまっており墓穴を掘る形となっている。

また記事内では朝鮮通信使歴史的根拠がないことも指摘、こちらも日本によって妨害されたとのニュアンスを出したいようだが、韓国・朝鮮のウソがさらにバレただけだ。

反日のためならどこまでも日本を愚弄し、また自分たちの利益になるならば日本をどこまでも利用してやろうと画策する韓国・朝鮮。

もはや国交断絶しか道はなさそうだ。 

http://www.media-japan.info/?p=6095

朝鮮通信使の意義と現代/仲尾宏

「誠信交隣」の関係を築いてこそ

消されていた朝鮮通信使

朝鮮通信使が日本の社会、とりわけ学校教育や歴史研究の場で取り上げられ、知られるようになったのはそれほど古いことではない。例えば「広辞苑」の1965年版をみても豊臣秀吉の「朝鮮征伐」の項はあっても「朝鮮通信使」の項はない。戦後、1950年に発刊され、社会科の教科書として採用された「くにのあゆみ」にも登場していない。

ある研究者によれば高校の教科書にはじめて取り上げられたのは72年であったという。

広辞苑」は新村出を筆頭とする「進歩的文化人」を総動員した大辞典であり、「くにのあゆみ」は同じく家永三郎らの手になるものである。このような事象を生んだ背景には幾つかのことが考えられる。

その第一は明治維新以来の歴史研究者の思想的「偏向」があった。すなわち明治以前の対外関係にかんする関心は長崎のオランダ貿易が中心であったことである。それに加えて欧米の文化に対する喝仰が輪をかけた。歴史にかんする「脱亜入欧」である。そして、徳川時代は「鎖国」の時代であった、というあやまった認識がひろまった。

その結果として、近代以前の東アジア、とりわけ朝鮮に対する軽視と偏見がはびこった。1910年の「韓国併合」とその後の植民地支配がさらに人々の意識を蝕んだ。

戦後日本となってもなおその事象はかわらなかった。約200年にわたる朝鮮通信使とその事跡は一般の人々はもちろん、その研究にかかわろうとする人々もごく少数であった。その様相をうち破ったことの一つは少数の研究者とともに1980年代からの在日朝鮮人たちの通信使の事跡や各地の遺品の収集とその研究であった。辛基秀氏らの果たした先駆的役割は大きい。

そして、日本の研究者の間でもようやく「鎖国史観」への反省もふくめて江戸時代の対外関係の枠組みを再検討しようという取り組みが本格化し、また、中世の対外関係の研究も飛躍的に進んだ。また、各地の博物館などで地域の歴史研究とかかわって史料の収集や研究が進んだ。今日の学校教科書ではそのすべてに朝鮮通信使の事跡が記述されているが、それまでは先述した戦後日本の歴史研究のありようの過程が反映しているのである。

韓国でも戦後の解放から直ちに朝鮮通信使の研究や評価が高まったわけではなかった。むしろ、ここ約20年の間にようやく市民権を得つつある、といってもよい状況であろう。この度のユネスコ記憶遺産の登録申請とその結果がさらによい結果を生むことを期待したい。

chosonsinbo.com

韓国人や在日朝鮮人在日韓国人が主張する文化を伝えに来た朝鮮通信使の本当の目的は、日本を怒らせて侵略されないように貢物を献上し、ご機嫌取りに伺っていただけなのです。

将軍様が変わるたびに長い道のりを経て江戸に来たのもそういう理由だからです。

又、江戸時代は大名に徳川家の権力を見せつけるためだけに来させていただけですし、旅費は幕府から出していました。ただそれだけの理由です。

 

 しかも、日本の庶民にとっては実は大迷惑な一行でした。 なんせ厠の習慣もない民族です。 半島から江戸までの道のりで、至る所、大人数であちこちに排泄物をまき散らす為、すごく迷惑がられていたのです。 本当は朝鮮通信使など日本の庶民にとっては来てほしくない一団だったのです。

朝鮮通信使

屋内の壁に鼻水や唾を吐いたり小便を階段でする。

酒を飲みすぎたり門や柱を掘り出す。

席や屏風を割る。

馬を走らせて死に至らしめる。

供された食事に難癖をつける。

夜具や食器を盗む。

日本人下女を孕ませる。

魚なら大きいものを、野菜ならば季節外れのものを要求する。

予定外の行動を希望して拒絶した随行対馬藩の者に唾を吐きかける。

現在の韓国人

ホテルの廊下で酒盛りや花札をし、酔って日本人宿泊客の部屋のドアを叩く。

ハングルでちゃんと注意書きしているにも関わらず、湯船にタオルを付けたり、掛かり湯をせずに入る。

居酒屋で、4人で生ビールを1杯だけ注文し、持ち込みのキムチなどをつまみつつ1時間以上居座る。

神社で絵馬(日本人が書いたもの)にハングルで「独島は韓国の領土」「対馬は韓国の領土」などと上書きする。

スーパーで買ったばかりの商品を店内で食べる。

スーパーで会計を済ます前の商品をパッケージを開けて食べる。

パッケージを開けた商品を元の場所に戻す。

飲食店で食い逃げしたり、頼んだものを「食べてない」と言って支払い拒否する。

漁業資源を守るため外国人に禁止されている「撒き餌」をする。

しかも余った餌や売れない小さな魚を捨てて帰る。

夜釣りをして磯場を荒らし、注意すると「日本の法律に夜釣りをしてはいけないとは書いてない」と開き直る。

釣りにかこつけてアワビ・サザエの密漁をし、税関で「買ったものだ」と嘘を付く(プロ釣り師)。

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1376.html

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