『樺太1945年夏 氷雪の門』

氷雪の門

氷雪の門 樺太1945年 夏 昭和20年8月20日 樺太で失われた9人の乙女たちの命。

これはソ連の圧力と、日本の映画配給会社の自主規制により、封印されてきた真実の物語です。

監督:村山三男 原作:金子俊男 脚本:国弘威雄 昭和49年(1974年)に製作されました。

完成した樺太1945年夏 氷雪の門』は、多くの団体から推薦を受けた。さらに主演の女優たちが田中角栄首相と懇談する席が設けられるなど、前宣伝もおおいに盛り上がった。 当初は1974年(昭和49年)1月中旬、全国主要都市でのロードショー、2月下旬一般封切が予定されていると報じられていた。 その後、3月30日から丸の内東宝、渋谷宝塚など東京5館で、ついで札幌、大阪、福岡などの計9館で全国ロードショー公開することを決定した。 市をあげて映画に協力した稚内では、3月1日から8日にかけて全国に先駆けて稚内劇場で上映が行われたが、毎回行列ができる盛況ぶりで、5万5千人の市民の半分にあたる入場者数最高記録を樹立した。

しかし、1974年3月7日、モスクワで開かれた東宝・モスフィルム合作映画『モスクワわが愛』の完成披露パーティーの席上、モスフィルム所長ニコライ・シゾフが東宝系劇場での『氷雪の門』の上映にクレームをつけ、なりゆき次第では『モスクワわが愛』の「公開にも支障が出そうな気配になっている」と、3月12日の東京新聞夕刊に報じられた。 さらに、3月14日の同紙夕刊では、東宝松岡功営業本部長、越塚正太郎興行部長らが12日に協議の結果、「ソ連との友好関係を損ねる恐れがある」と判断、「JMPへの劇場賃貸を断ることにした」と報じられた。

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